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正義感も使命感もない。ただ、一度やりはじめたことは最後までやり遂げるだけとは


■事業の概要
◆NPO法人愛知ネット
災害時にITを利用しての情報発信・支援を中心に、さまざまな社会事業や市民活動、インターネットの活用の普及を通して、地域市民の防災に対する意識の向上と地域のネットワーク形成を行い、災害に強いまちづくりを目指す。


天野さんは以前から、NPOの活動に興味があったのですか?

正直なところ、『愛知ネット』を立ち上げるまで、NPOのことをよく知らなかったんです。設立してからしばらくの間も(笑)。そもそも実家が建設会社を営んでいて、長男という立場もあってか、小さい頃から自然と「家を継ぐ」ことが将来の夢になっていました。だから高校生になると家の手伝いを始め、2年生の時には実家を建て直す時、自分の部屋作りを任されたり。「仕事」の世界に触れて、より家を継ぐ気持ちが固まったのかもしれません。そんな気持ちのまま10、20代と過ごしてきたので、まさか今自分がNPOで、しかも救援活動に携わるとは思ってもみませんでしたね。


何がきっかけで、『愛知ネット』の活動を始めたのですか?

父親の転落事故がきっかけで家業を手伝うものの、機械設計の仕事に興味を持ち転向。26歳で独立するまでいろいろありましたが、その後、それなりに仕事は順調で、年収3000万円の時もありました。ただ、これ以上儲けようと思ったら他人を蹴落としてまでやらなきゃいけない。そこに何の意味があるのだろう。仕事を続けていくことに疑問を感じ始めた時、設計仲間から誘われたパソコン講座のボランティアで、「ありがとう」とお礼を言われたんです。それは障害者のための講座だったのですが、本人だけでなく母親から、しかも何度も言われて。単に自分が知っていることを教えただけなのに、こんなにも喜ぶ人がいる。と同時に、軽い気持ちで始めたパソコン講座が、思いのほか大好評。正直驚きました。100%完璧にできて当たり前の設計業では味わえない、とても新鮮な経験でしたね。
さらに、同じパソコン講座で出会った災害ボランティアの仲間から、パソコンを使って災害時に情報発信をやってみないかという誘いもあったり。こうして後押しされるまま、1999年、パソコン講座とインターネットでの災害救援活動の二本を柱に、NPOとして『愛知ネット』を設立したんです。


活動を始めて、印象に残った出来事はありますか?

設立から1年。NPOとしてようやく認証がおりたのですが、それからわずか3カ月後、北海道有珠山で噴火が発生し『愛知ネット』に救援要請が入ったんです。実際に被災地を目にするのも本格的な活動も初めて。とにかく現場が今、「どんな状況」で「何が必要」か、機械設計の仕事で培ったパソコンの技術を駆使して、現場の状況を発信し続けました。また被災地では食料から衣類、生活用品まで、状況によって必要な救援物資の量や内容が変わってくる。ボランティアに来る人たちの中には、自分の食料や寝る場所すら確保せずに来る人もいる。こういった情報や注意事項までこと細かに発信すると、個人から国家レベルの人までもが、自分たちが発信した情報を頼りに支援してくれたんです。『愛知ネット』には、こんなにも強力なバックアップがある。今までにない強く突き動かされるものを感じたのか、思わず家に電話をかけたんです。「ここで救援活動を続けさせてほしい。3年は戻らない。」と。結局、家族のことを考え、1カ月で引き上げることになったのですが、ここまで腹をくくって何かをやり遂げたいと思うとは…。それぐらい自分にとって衝撃的な体験であり、人生のなかで大きなターニングポイントになったのだと思います。


この活動を通じて、今後どんなことをしていきたいですか?

これからも災害時の情報支援や防災活動など、さまざまな活動を通して、地域のネットワークを固め、災害に強いまちを作っていきたいと思っています。ただ、立ち上げてから6年。自分も40歳になり、そろそろ『愛知ネット』を次の代に譲ろうと思っているんです。その後、50歳までに起業(笑)。これは途中で投げ出すという意味ではなく、団体を任せられるぐらいの人材が育ちつつあるという、嬉しい結果なんです。地元の消防団のように地域に信頼され、社会からも認められるような団体に発展させる。そして、また新たに人々の目標となるような、活躍できる土台を作る。こうした活動や仕組みを通じて、NPOの生産物は「人」に尽きると実感しました。


中・高校生にメッセージをお願いします。

高校の頃、実家に自分と同じ年くらいの子たちが働きに来ていて、でも1、2カ月も経たないうちにみんな辞めていくんです。それを見ながら、「自分はこんな風になるもんか、やるからには最後までやらなきゃカッコ悪いやん」って反面教師にしていました。この時の気持ちが今の活動や仕事にもつながっていると思うのですが、常にやり始めた頃の気持ちを忘れない。やり始めたからには最後までやり抜いてほしい。というのと、とにかくいろんな人に会って、話をして、その人が発する言葉に込められた思いに耳を傾けてほしい。家を継ぐことにひと筋だったあの頃を振り返ると、何て自分は狭い世界で過ごしてきたんだろうって後悔する。だけど、こうして今『愛知ネット』を立ち上げたことで、家業を継いでいたら関わることのないような、さまざまな人たちと出会うことができた。災害救援に携わる人はもちろん、自分たちと同様にNPOの活動をしている人や活動を通じて知りあった地域の人々、あるいは企業の社長や国家レベルの人までも。この出会いは今、自分にとって大きな財産になっています。まず自分のテリトリーから一歩。もっと広い世界に目を向けながら、「コレ」っていうフィールドを見つけてもらいたいな。



■プロフィール

NPO法人「愛知ネット」理事長
天野竹行さん

建設会社を営む家の長男として愛知県西尾市で生まれ育つ。幼い頃からの夢は「家を継ぐ」こと。家業の手伝い、機械設計のフリーランスなど仕事の幅を拡げる。災害救援に携わる人との出会いから現在の仕事に至る。

▼16歳
家業の手伝いや、自分の部屋を作るうちに「やるからにはキッチリやる」という仕事への姿勢を身につける
▼18歳
建築設計を学び始める。
▼22歳
父親の転落事故をきっかけに、本格的に家業を手伝うため他社に修行に出る
▼26歳
機械設計の仕事に転向。フリーランスとして仕事を始める
▼33歳
パソコン講座のボランティアで教えた障害者や、災害救援に携わる人との出会いを機に、「災害時の情報発信」と「パソコン講座」を中心とした『NPO愛知ネット』を設立
▼34歳
北海道有珠山の噴火、東海豪雨の災害救済活動に携わる
▼現在
インターネットを使った災害救援をはじめ、地域と人々とのネットワーク作りを支援する

■インタビューの感想

森久実子さん
椙山女学園高校1年

NPOの生産物は人…この言葉を聞いたとき、私はよく分からずに聞いていた難しい話が一気に分かった気がしました。ボランティアという裏方の仕事でさえ、その裏方を支える裏方がいること。「すべての活動は災害時の情報のために」という活動の原点を決して見失わず活動していくこと。ボランティアというものは、一歩間違えると自己満足の世界になってしまうと思います。その中で「誰かのため」と腹をくくり、手の届く目標から成し遂げることこそ、本当のボランティアなのではないでしょうか。

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中高生のための「社会起業家ナビ」は、2005年度「JT青少年育成に関するNPO助成事業」の支援を受け、NPO法人アスクネットが制作しました。