ホームへ
自分を大切にしながら、思うままに挑戦していってほしい


■事業の概要
◆NPO法人「エコワークス」
1997年から活動を始め、2001年にNPO法人化される。活動は「イルカくらぶ(親子で合宿をして大自然の中、野生のイルカと泳ぐ)」を筆頭に、自然の命や尊さに気づき、豊かな感性を育むプログラムの企画・運営。また自然と人だけでなく、親と子がコミュニケーションを取れる環境も提供。2000年にはイギリスで行われた「国連こども環境会議」にも参加している。


10代の頃はどのように過ごしてきたのですか?

私はずっと「いい子」だったんですよ。自分にではなく、周りにとっての「いい子」でいようと務めていた。自分で選ぼうとはせず、周りの価値基準に合わせて「じゃあ、私もこっち…」という感じで、学校の友達であったり親であったり、誰かの選択肢に同調しては自分を見つめてこなかったんです。高校や短大は、いわゆるイマドキの子。ファッションや音楽が好きで、雑誌やテレビを見ては流行を追いかけていた。それも結局は、周りの意見に流されているんですよね。そうやって周囲に順応してアイデンティティを確立しようとしなかったから、私は20代はおろか30歳を過ぎるまで自分の価値観を見つけられなかった。自分は何が好きで何が嫌いなのか、自分の気持ちが今どこにあるのか。私は、自分だけのモノサシを作れないまま10代を過ごしていました。

初めて自分の意志を持って行動したのはいつですか?

起業した時ですね。私は20代になっても、10代同様に自分の価値観を持っていなかった。だから、24歳で結婚した時も、それまで付き合っていて本当に大好きだった彼とではなく、両親が喜びそうな将来が約束された男性を選んだんです。人生の節目である結婚でさえも、私は自分の気持ちよりも周囲の意見を受け入れたの。だけど、そんな風に結婚したってやっぱり上手くはいかない。夫との間には徐々にすれ違いが生まれ、そんな中で私は離婚と同時に起業についても考え始めたんです。子どももいるし、離婚したとしてもその後の生活を考えなきゃならない。そこで、せっかく働くんだったら誰かの下でではなく、自分自身で何かを始めたいと思ったの。そして、主婦仲間4人でベビーシッターの会社を設立。事務所は仲間の家の一室、本当に小さな会社から私は新しい人生をスタートさせたんです。

起業だけにとどまらず、さらに「イルカくらぶ」を始めたのは何故ですか?

ベビーシッター会社で、私は「たまたま資格を持っている」という理由で代表取締役という役職を与えられたんです。だけど、実際の仕事は営業。仕事内容と肩書きとのギャップに違和感を覚え、時が経つにつれサラリーマン気分。「自分の力が出し切れていないんじゃないか」「本当の意味での挑戦をしていないんじゃないか」という気持ちが強くなり、本当の自分の思いを形にしたい!と思うようになったんです。そこで、私の本当の思いって何なの?何を形にするの?と自分に問いかけたの。そして生まれたのが「イルカくらぶ」。私がベビーシッターの仕事を通じて見てきたのは、我が子を他の子どもから隔離するような偏った愛情表現を持つ親や、子どものため…と様々な習い事をさせている親の姿だった。人工的に作った環境しか子どもに与えていない親を見ながら、視線を一児の母である自分に移したら、私もまた彼らと同様なことをしていたんですよね。今の子育てはこれでいいの?と考え、自分が子どもだった頃の楽しい記憶を思い出してみた。そしたら、私はお人形さん遊びよりも、水たまりでヤゴを捕まえたり田んぼでザリガニを捕まえたり…自然と戯れることの方が楽しかったという記憶がよみがえったの。だけど、コンクリートに囲まれた今の街ではそんな経験できない。だったら、私がそういう機会を親子に提供していこう!と。そこで、自分自身も経験したことのあるイルカと一緒に泳ぐという機会を提供できたら、自然だけとではなく親子間でもコミュニケーションが取れるきっかけになると思い「イルカくらぶ」を立ち上げたんです。

今でも紀藤さんは「いい子」のままですか?

今はもう違いますよ(笑)学生の頃なら「いい子」を演じて、周りの意見に自分の選択を任せてしまうこともできるけれど、大人になるとさすがに限界が来るの。自分の価値基準を持っていないと、生き方に無理がでてくる。幼い頃というのは、なんだかんだと「責任」を取ってくれる人が周りにいるけれど、大人になるというのは自分の責任は自分で取るということだから。それを強く実感したのは30歳をちょっと過ぎた頃だったかな。「いい子」を演じることにも疲れて、だけど自分をずっとごまかしてきたから自分の気持ちがどこにあるのかわからないという状況に陥ったことがあったの。1年間くらい本当に無気力になってしまって、ごはんも食べる気がしないし、娘と遊ぶ気にもなれなかった。その時は実家に住んでいたから、親も心配して「ごはん作っておいたから食べなさい」とか色々と世話を焼いてきたんですよね。だけど、そんな心境にいた私にとって、それはただのお節介だった。ろくに親と会話もしなかったから、すごく心配を掛けたと思う。だけどね、1年間くらい経って、ある日その状況を打破することができたの。「1年間、さんざん親に迷惑を掛けて、心配も掛けて、もうこれ以上最低な自分はいないな」とふと思って、そしたら「ああ、もう『いい子』でいる必要はないんだ」と気が楽になった。それ以降、私はありのままの自分であることが恐くなくなったの。

今、学生である私たちにメッセージをください。

自分を大切にして、ありのままの自分で何かにぶつかっていくということを恐れずにやってみてほしい。私はずっと「いい子」を装って、自分をしっかり見つめようとしないまま20代もすごしてきて…だけど、大人になると周囲の意見に判断を任せて自分の行動に責任を持たないっていう状況に限界がくるの。私はそれで、1年間まるでサナギみたいな日々を過ごしたから。もちろん、それは私にとって凄く重要な時間だったし、意味のある時間だった。だから、一概にサナギのように殻にこもる状況になることを悪いことだとは思わない。だけど、今まだ人格形成の時期にいるみんなには自分自身を押しつぶさずに生きてほしいんです。あとは、やりたいことやなりたいものがなくても、今はいろいろなことを楽しめばいいと思う。焦らなくても大丈夫。遊びでも、勉強でも、ファッションでも、恋愛でもいい。その中で、自分の目標や夢となるものが見つかることもあるし、見つからなかったとしても、やっていて無駄になることはひとつもないんだから。ただ、ひとつだけ忘れないでほしいのは、いつも自分を大切にすること。自分の体も心も大切にした上で、捨て身で何かにぶつかっていくことができたら、目標や夢ができたときにそれがきっと生かされるはずだから。



■プロフィール

NPO法人「エコワークス」理事長
オフィス・パレット有限会社代表取締役
紀藤敦子さん

1965年愛知県生まれ。「いい子」だった学生時代、自立へのきっかけとなった出産・離婚を経て、1988年に民間保育サービス業を提供するマーマ名古屋((有)オフィスパレット)を設立。また、1997年には自分の思いを伝えたいと「イルカくらぶ」を中心事業とするエコワークスを設立。現在は双方の代表として、人と人とのコミュニケーションに関わりながら多忙な毎日を送っている。

▼0歳
愛知県出身。教育熱心な両親の元「いい子」として育つ
▼20歳
短大卒業後、幼稚園教諭として4年間働く
▼21歳
結婚、1児の母となる
▼22歳
離婚、主婦仲間4人でベビーシッター会社を設立
▼34歳
「イルカくらぶ」を立ち上げる
▼現在
ベビーシッター会社経営者、NPO理事長として活躍

■インタビューの感想

牧野利江さん
豊川高校2年

自分の力を試すような仕事がしたいという思いから実際に会社を立ち上げて、活動を広げているのが凄いと思った。紀藤さんの言葉で「極めることができなくても無駄ではないし、チャレンジして経験したことが大切」という言葉が強く胸に残りました。自分も紀藤さんのように挑戦し続ける仕事がしたいと思う。

このページのトップへ

HOME / 01 / 02 / 03 / 04 / 05 / 06 / 07 / 08 / 09 / 10 / 11 / 12

中高生のための「社会起業家ナビ」は、2005年度「JT青少年育成に関するNPO助成事業」の支援を受け、NPO法人アスクネットが制作しました。